
大阪城公園の北側入り口から西通りを通り、大手門前にやってきました!。
この門は国の重要文化財に指定されている非常に貴重な門になります。
大阪城には国の重要文化財に指定されているものが多くあります。
大手門をくぐると、いよいよ桜満開の西の庭園につながるわけですが・・・。
現在地はこの辺りになります。
ここには大手門前にはたくさんの人がいます。また、屋台もたくさん出ていました。
桃園からおもいでの森の街道を自転車で通り抜け、もっとも人が多いだろう大手門前にと進みます。

大手門が青空の中悠々とそびえ立っています。非常に歴史を感じる風景です。
この日は桜満開の4月ということもあり、秋とは比べ物にならないほどの人だかり。
みんながみんな笑顔で楽しそうでした。

「めっちゃ高いで!」
そういって門へと続く通りから堀を見下ろす息子くん。
なんだかテンションが高く
「写真撮って!」と
騒ぎ出すので、ここで一枚撮りました。桜も何も関係ないようです(笑)

大手門を抜けて、大阪城方面から一枚撮りました。
やっぱりめちゃめちゃ存在感のある大手門は、さすが国の重要文化財です。

解説にあるように表側の入口を大手口といい、この大阪城には大手口に大手門(追手門)が建造されました。
現在のものは1848年に補修されたものになります。
晴れた日の大手門は非常に優雅ですよ。
このほかの入口にも立派な門があります。ぜひ、すべてを回ってみたいものです!

「桜が舞っとる!」
大手門を抜けると、数本のソメイヨシノが目に入ります。
舞い散る桜と戯れる息子くん。
大手門のことなんてなんとも思っていません(笑)。
ただただ、季節を自然に感じながら桜吹雪と戯れていました。もうすぐ一年生。でも、まだまだかわいいもんです(笑)

彼が戯れていた桜の木と青空と門を写真に。
素人の写真ですからいまいちですが、色のコントラストが非常にきれいでした。

多聞とは松永久秀の多聞城の櫓に由来する様式名で他の枡形(ますがた)にもあったが、現存するのはこれのみ。櫓の鉄門を大手の大門(おおもん)、上部を渡櫓(わたりやぐら)、南に折れ曲がった部分を続櫓(つづきやぐら)という。合わせた面積は600平方メートル余り、高さは17.7メートルもある。寛永5年(1628)創建、嘉永元年(1848)再建、昭和44年(1969)解体修理。
と、難しいことはわかりませんが、そのどっしりとし構えに、非常に歴史を感じます。
お母さんは戯れる息子をぼーっと見てました(笑)。しかし、門も桜もきれいですね!

反対側からも一枚撮りました。
ここを抜けると桜門までの通りに、非常にきれいな桜並木へと移り替わります。
ちょうど、このすぐそばに桜の名所「西の庭園」の道があるのですが、350円と有料のため、今日はご遠慮しておきました・・・(涙)

ここからは桜並木です。非常にきれいに桜が咲き誇っていました。

枝垂れ桜も満開です。なんとも言えない美しさですね・・・。

花のひとつひとつがその存在感を主張しているようです。
この季節は、心からこう思います。日本人でよかったってね。

ソメイヨシノもこれ以上ないほどに満開です。
なんとも言えない桜の色が、晴れた空の青色と混じり合って、心を洗ってくれる気もします・・・。

大手門から桜並木を通ると、太鼓櫓が見えてきます。
ここは説明にあるように、もと二の丸南部の出入り口になっていました。石垣の上には
太鼓を蔵する二層櫓があったそうです。
豊臣政権が終わってから建造されたこの太鼓は、時計の代わりとして使われたりしていたようです。
城下町の人々も、この太鼓の音を桜の時期に聞いたんでしょうね。

太鼓櫓を通り、桜門まであと少し。内堀の向こう側に桜が見えたので1枚。
大阪城の中にはそれほど桜はなかった気がするのですが、堀の周りにはたくさんの桜が咲き誇っていて、観光客も非常に盛り上がっていましたよ!

桜門前にたどりつくと、門への続く道は人でごった返しています。
あまりの人の多さに、桜よりも人を見に来ているかのような錯覚を覚えます。
ここまでなんだかんだと歩いたので、多少小腹がすいてきました。

前回もそうなんですが、やっぱりいか焼きだけは外せません。
毎度毎度こういうところでは必ずいか焼きを買ってしまう僕。
「また〜?」そういう嫁と息子くんを横目にいか焼きにまっしぐらです(笑)

しばらくいか焼きを満足気に食べていると、息子くんと嫁はどうやらアイスクリームを買ったらしく、二人して楽しそうに食べていました。
結局僕たち家族は、花より団子なのかもしれません・・・(笑)
「アイス食べとるとこ撮ってちょうだいよ!」
なんでだかはわからんですが、それを一生懸命訴えるので一枚撮りました(笑)
